大判例

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大阪地方裁判所 昭和44年(む)205号 決定 1969年8月01日

被告人 大槻泰司 外二名

決  定

(被告人等氏名略)

右被告人三名に対する大阪市屋外広告物条例違反被告事件につき、昭和四四年六月二五日弁護人石川元也より、大阪簡易裁判所裁判官鶴田健に対してなされた忌避の申立につき、同年七月二日同裁判官のなした却下命令に対し、同月五日同弁護人から適法な準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

原命令を取消す。

理由

一、本件準抗告の申立の趣旨は主文と同旨であり、その理由の要旨は、

本件被告事件は大阪市長の許可をうけないで「三月二〇日諸要求貫徹大阪五万人集会、アメリカの手先グエンカオキの来日を阻止しよう」と記載されたベニヤ板製の看板一枚を掲出した行為が大阪市屋外広告物条例二条違反として起訴されたものである。ところで、同条例二条が一切のビラ掲出を市長の許可にかからしめているのは憲法二一条に違反する疑が濃厚であり、更に一般の商業広告物が同条例に違反して巷に氾濫していても何らの取締りが行なわれず、本件の如き政治的要求のビラ等に限り、わずか一枚といえども容赦なく訴追が進められている状況であるため、第一回公判以来右条例の憲法違反性および公訴権の濫用の二点につき論議を呼んできたのである。しかるに裁判所は僅か三年の間に三人の裁判官が交代し、昭和四四年六月二五日の第一四回公判において四人目の裁判官である鶴田健裁判官によるはじめての審理が行なわれることとなつた。その間第六回公判期日における裁判官交代による更新手続に際し、弁護人、被告人から当時の田村裁判官に対し、本件の憲法裁判的性格及び現在のように裁判官の交代の激しい現状では、記録の正確性が欠くことのできない旨を指摘し、手続の適正を確保するため是非速記官を配置してほしいと要請し、第七回公判期日においても、繰返し速記官の配置を要請したが、同裁判官の速記官派遣の要請に対し大阪地方裁判所から拒否の回答があつたため、右要請は実現せず、且つ録音機の故障ということもあつて、記録の正確性は担保されていなかつた。しかし、同裁判官は、「今後は交代のないように私が最後迄担当するよう努力する」と言明したので、これを信じ、訴訟の進行に協力してきたのであるが、上記のとおり第一四回公判期日においてまた裁判官の交代がなされたので、右田村裁判官の明言もあつたことでもあり、鶴田裁判官に交代の理由の説明を求めたが、何ら回答がなかつた上に、今後いかなる姿勢で本件審理にのぞまれるかとの問にも審理に直接関係がないとして見解を明らかにしなかつた。更新手続に入つてからも、過去一二回に及ぶ公判での審理につき出来る限り直接心証を採られる方法を希望したが、同裁判官は調書を読んだことにして進めたいとの一点張りであり、弁護人の録音テープはどうなつているかという質問に答えないで、その質問を異議申立として棄却するような状態であつた。このような際、特別弁護人が自席から挙手せずに発言したことをもつて、同弁護人に退廷を命じ、これに対する異議申立を棄却したのである。ここにおいて申立人は、右特別弁護人の挙手しないでなした発言が、退廷を命ぜられるほど法廷の秩序を乱した行為とは到底考えられず、特別弁護人の弁論自体を封じこむようなこの措置の不当、違法は明らかであり、同裁判官にはもはや、公平な審理を期待することはできないとして、同裁判官に対し忌避の申立をしたのであるが、同裁判官は同年七月二日、右忌避申立に対し、忌避の原因を三日以内に書面で疎明しなかつたから不適法としてこれを却下した。しかし、右却下命令は違法であり、直ちに取消されねばならない。すなわち、(一)忌避の原因及び事件についての陳述をした際忌避の原因の存在を知らなかつたこと、又は忌避の原因が事件について陳述したのちに生じたことなどをとくに書面で疎明させることの趣旨は、忌避の原因を具体的に特定せしめ、かつ公判廷外で生じた原因についてとくにそれを疎明させようとしたものと解すべきである。ところで本件忌避の原因及びその内容である裁判官の訴訟指揮等については、すべて公判廷で述べられ、第一四回公判調書に記載されている。公判廷内のことを忌避の原因とする本件においてはその公判調書こそ最大の疎明といわねばならない。また、本件においては、被告人弁護人らはいまだ事件についての陳述はしておらず、更新手続においても陳述にいたらなかつたのであるから、三日以内の書面による疎明は必要がないものである。従つて、本件忌避申立には、刑訴規則九条三項違反はないというべきである。(二)更に、忌避申立後の三日以内である六月二八日、被告人大槻泰司外二名から、鶴田裁判官に対し、右弁護人のなした忌避申立と同一事実を原因として、書面(忌避の申立の趣旨及び原因が記載されている)による忌避の申立がなされているが、これは被告人らによる新たな忌避申立と同時に、先になした弁護人忌避申立に対する疎明という関係にもなる。(三)また、申立人は忌避申立後三日以内の六月二八日「忌避申立理由書」を提出したのであるが、該書面は手違いにより大阪地方裁判所に提出され、同地裁から七月一日大阪簡易裁判所に届けられた(ちなみに、簡易裁判所裁判官に対する忌避申立に対する判断は、当該裁判官による簡易却下のない以上、管轄地方裁判所の合議体による審理を受くべきもので、六月二八日にはその段階にあつた)。ところで、右理由書を受け取つた大阪地方裁判所から七月一日その送付を受けた鶴田裁判官としては、六月二八日受付印のある書面をもつて疎明ありと扱うことは可能なのであり、直ちにこれを却下したのは違法といわなければならない。

というのである。

二、当裁判所の判断

(一)本件関係記録によれば、被告人大槻泰司他二名は、大阪市屋外広告物条例違反の公訴事実で昭和四一年三月二〇日起訴され、同年四月一六日に第一回公判期日が開かれ、以来昭和四四年六月二五日に至る迄一三回計一四回の公判期日が開かれたこと、その間起訴状朗読、被告事件に対する各被告人の陳述、起訴状に対する求釈明および釈明、弁護人の公訴棄却の裁判を求める申立、右公訴棄却申立に対する現段階においては公訴棄却をしない旨の裁判所の判断の告知および弁護人よりの右判断についての求釈明等がなされたこと、昭和四四年六月二五日の第一四回公判期日には四人目の裁判官である鶴田健裁判官による初めての審理が行なわれたが、同裁判官が、まず更新手続として検察官に起訴状の朗読を命じたところ、弁護人及び被告人等が過去四回も裁判官が交代している理由の説明を求めたのに対し、同裁判官が、「人事のことで分らぬ。本件審理とは直接関係がない。」と答えたことに関して弁護人及び被告人等より異議の申立がなされたが、同裁判官は右申立をすべて棄却し、検察官の起訴状朗読が行われたこと、ついで同裁判官は、被告人及び弁護人に対し、本件被告事件につき意見の陳述をするように告げたが、石川弁護人より手続の進行につき、「本件公判記録には起訴状に対する釈明、公訴棄却の申立を含めた陳述があり、それが起訴状と一体をなして更新手続の内容をなすので、それについての更新をやつていただきたい」との申出がなされたのに対し同裁判官は、「裁判所が記録を熟読するということで了解されたい。弁護人、被告人において、今迄述べたことに更に付け加えたいことがあれば述べてもらい、その後事件に対する陳述をしてもらつて更新手続を終了したい」と答えたが、弁護人等はこの更新手続の方式に同意せず、同裁判官に対し、録音テープの保存の有無について回答を求め、さらに法廷で更新手続をしてもらいたいと主張したが、同裁判官は、これらを異議の申立と認めてすべて棄却し上記の方法で更新手続をするとの訴訟指揮をなしたこと、これに対して特別弁護人武岡昭郎が、「もつと焦点を合わしてもらいたい、裁判官は、弁護人の主張について聞くべきものは聞き返事すべきものは返事すべきではないか」という趣旨の発言をしたところ、同裁判官は、これに答えずに訴訟の進行を円滑にするために、弁護人、被告人に対し、発言するときは挙手し、許可を受けてから発言するように命じたが、同特別弁護人が挙手をせず、許可をうけないで「円滑になる筈がないが」と発言したのに対し、同裁判官が同特別弁護人の退廷を命じたこと、そこで石川弁護人が右退廷命令の取消を求める異議の申立をなしたが、同裁判官がこれを棄却したため、同弁護人は、右特別弁護人が、「それでは焦点が合わん」と言つただけで、同特別弁護人に対する退廷命令を発するような裁判官には到底公平な裁判を期待すべくもなく明らかに偏頗な裁判をするおそれがあると述べて、同裁判官に対して忌避の申立をなしたこと、その後同年六月二八日、被告人大槻泰司他二名より同裁判官に対し、裁判官忌避申立書と題する書面で、忌避の申立がなされていること、同裁判官が同年七月二日、右弁護人の忌避申立に対し、忌避の申立をした日から三日以内に書面で、忌避の原因を疎明しなかつたので刑事訴訟法二四条、同規則九条二項三項により却下する旨の命令をなしたこと、一方同月二八日弁護人石川元也他一七名作成の忌避申立理由書が大阪地方裁判所に提出されたが右書面は同年七月三日大阪簡易裁判所に送付受理されたことをそれぞれ認めることができる。

(二)そこで裁判官鶴田健がなした本件忌避申立の却下命令の当否につき判断する。

刑訴規則九条二項、三項によれば、忌避の申立は原因を示してこれをなし、その原因は申立の日より三日以内に書面で疎明しなければならない。しかしながら、右第一四回公判期日において石川弁護人が陳述した忌避申立の原因は、前記認定のとおり、要するに、上記の如き公判審理の経過のもとで、右特別弁護人の「それでは焦点が合わん」という一言をとらえて同弁護人に退廷を命ずるような訴訟指揮をする裁判官は不公平な裁判をするおそれがあるというのである。ところで、かような公判廷における当該裁判官の訴訟指揮を原因とする忌避申立の場合には、簡易却下をなす当該裁判官にとつて、その原因の存否は直接経験するところであり、また忌避申立に対する本来の管轄裁判所は、公判調書の記載によつてその存否を調査し得るのであるから、かような場合にまで忌避申立人に書面による忌避原因の疎明を要求するのは全く無意味であるといわなければならない。もちろん申立人には、公判調書以外の訴訟関係人の陳述書等によつて忌避の原因を疎明する方法もあろうが(殊に公判調書に記載されていない事項について)、疎明資料として最も適当なものは公判調書であり、それは忌避の申立を審理すべき裁判所が当然資料として検討すべきものにほかならず、しかも本件では上記第一四回公判調書が整理されたのは同年七月二日であつて、かように公判期日から三日以内に公判調書が整理されないのは必ずしも稀な例ではないであろう。だとすれば、元来不真面目な忌避の申立を防止する趣旨で設けられている刑訴規則九条三項は、本件の如き場合を含めてあらゆる場合に書面による三日以内の原因の疎明を要求したものとは解し難く、本件忌避申立の如き場合には、右規定を理由にしてこれを却下することはできないといわなければならない。のみならず、上記の如く同年六月二八日には、被告人大槻泰司他二名より同裁判官に対し書面により忌避の申立がなされているが、同申立は弁護人の忌避申立と同一事実を原因とするものと認めることができる。本来忌避申立権は被告人が有するものであるが、弁護人も所謂独立代理権として被告人の明示の意思に反しない限り、忌避申立権を有するのであるから、弁護人が忌避申立をなした以上、その後になされた同一事実を原因とする被告人申立は、重複申立であつて独立の効力を有するものとは認め難い。従つて右被告人大槻泰司他二名の提出した忌避申立書は、独立の効力を有する忌避申立とは認め難いが、弁護人によつて代理行使された申立に関して提出された書面としてその申立の理由欄に記載された、上記特別弁護人の「それでは焦点が合わないではないか」との発言に対し、同裁判官が同弁護人の退廷を命じたという事実は、右第一四回公判期日に立会つた被告人らが経験した事実の陳述という意味において弁護人の本件忌避申立における原因の疎明資料となすことができるから、三日以内に書面による原因の疎明がないとしてこれを却下するのはこの点においても違法であるといわなければならない。そして、前記認定の事実に徴すれば、その他本件忌避申立に刑訴法二四条所定の簡易却下をなすことのできる理由があると認めることはできない。してみれば、本件裁判官の訴訟指揮を原因とする忌避申立が実質的に理由があるかどうかは格別、その原因を申立の日より三日以内に書面で疎明しなかつたとしてこれを却下した原命令は失当であり本件準抗告は理由があるので刑事訴訟法四三二条、四二六条二項前段により、原命令を取消す。

よつて主文のとおり決定する。

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